弁護士 大野貴央
1. 「全部こちらが悪いです」と言ってしまった…
交通事故の当事者の一方が、事故直後に、相手方に対して
「全面的にこちらが悪かった」
「修理費用は全て支払います」
などと約束するケースがあります。
実務上、このようなケースは、
全賠約束(相手の損害の全額を賠償するという趣旨の約束)
と呼ばれますが、法的に有効なものなのでしょうか。
2. 賠償額がいくらか不明なのに約束できるのか
そうすると、事故後に当事者間で、
「一方が相手方に対し、相手方の損害の全額を賠償する」
との合意をした場合、当事者はそれに拘束されるようにも思われます。
もっとも、交通事故の当事者の多くは、法的な専門知識をもたない一般人であり、また事故直後は、損害の全容が明らかになっていないケースが殆どです。
例えば、物損であれば、事故によってどのような修理が必要であり、修理費用がいくらかかるか、専門業者の見積りがなくては分かりません。
また人損についても、
- 怪我がどの程度あり
- 治療にどれくらいの期間を要するか
- 治療費がいくらかかるのか
- 通院期間に応じた慰謝料がいくら程度と評価されるのか
そうすると、全体の損害額がいくらになるかも分からない事故直後の段階で、当事者の一方が「全賠約束」をしたとしても、
本人が真に「損害額を理解した上で、全額を賠償する意思」があったとは認められない場合が殆どではないかと思われます。
仮に事故直後に、当事者の一方が「全賠約束」をしたとしても、法的には、有効に成立しているとは認められにくいでしょう。
3. 本当に10:0で一方だけが悪いと言える?
「全賠約束」がされた場合、
「向こうが全面的に悪いと言っている以上、過失割合も0対10である」
との主張がされることが多いです。
しかしながら、前述のとおり、交通事故の当事者の多くは、法的な専門知識をもたない一般人であり、過失割合が法的に、どのように決定されるかを理解しているケースは少ないでしょう。
そもそも警察による実況見分等を実施する前では、事故態様が適切に把握されているかも疑問です。
したがって、当事者の一方が全賠約束をしたとしても、
本人が真に「損害額を理解した上で、全額を賠償する意思」があったとは認められない場合が殆どではないかと思われます。
そもそも裁判になった場合、過失割合は、当事者の主張に拘束されず裁判官が自由に決定できるものと考えられています。(最判S41.6.21)
したがって、裁判所が事故状況を客観的にみて過失割合を判断する場合、
全賠約束があったとしても、過失割合が0対10と評価されるとは限らないといえます
4. 裁判例
① 名古屋地判H10.10.30 |
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事故後にXがYに対し
「Yの一方的な過失で事故を起こした」とのメモの作成を強く求め、 Yが「私が全部悪いので」という趣旨のメモや 「事故に関わる一切の責任を取ります」 との誓約書を作成したというケース |
裁判所は、
(メモや誓約書の作成の)経緯に照らすと、Yの(中略)への署名押印は、Xの本件事故に基づく全損害について責任を認める趣旨とは認められない。
また、Yは、Xにも落ち度があることを知った上で責任がすべて自分にあることを認めたものではないから、過失相殺の主張を放棄する意思があったとも認められない。
と判断しました。
② 千葉地裁H30.9.10 |
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事故後にYがXからの要求に応じて、
「今回は、私の不注意により事故を起こしました。申し訳ありませんでした。」 「全面的に私の不注意です。100%私が悪いです。」 と記載したメモを作成したケース |
裁判所は、
Xが脅迫的な言動を用いてこの記載を強要したことを認めるに足りる証拠はない。
しかし、Yとしては、
本件事故後の精神的に動揺している状況で、本件事故の全体像を客観的に把握しているものではなく、Yが交通事故における過失割合についての基本的な知識を有していたことを認めるに足りる証拠もないことからすると、
Yが本件誓約書を作成したことから直ちにYが全面的に責任を負う旨の過失に係る和解契約が成立したものと認めることはできない。
と判断しました。
5. おわりに
事故直後は、当事者双方が精神的に動揺し、また感情的になりがちであることから、全賠約束を要求されたりするケースが少なくありません。
しかしながら本稿で解説したように、全賠約束が法的に有効であると裁判所が認める可能性は低く、一度全賠約束をしてしまうと、相手方が全額賠償を期待してしまうため、かえって紛争が長期化するおそれがあります。
また本稿のテーマとは少しずれますが、交通事故の見分に訪れた警察官が「過失割合は●●だと思う」などと安易な意見を述べる場合があります。
しかし、過失割合は、裁判所が、客観的な事故状況を踏まえて判断する法的事項であり、警察官に過失割合を判断する権限はありません。
したがって、過失割合に関する警察官の意見は、法的に正しいとは限らないのです。
交通事故にあってしまった場合は、冷静な対応を心掛け、速やかに交通事故の専門家である弁護士にご相談された方が良いでしょう。
どうぞお気軽にご相談くださいませ。