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交通事故による精神的症状の治療

弁護士 大野貴央

はじめに

精神的症状 イメージ

交通事故に遭ってしまった場合、身体的な怪我だけでなく、事故に遭ってしまったショックやストレスで、精神的症状が生じてしまうケースがあります。

このような精神的症状を治療するために、心療内科等に通院することになった場合、その治療費等は、損害賠償として認められるのでしょうか。

精神的症状で損害賠償を請求する場合の問題点

法的に損害賠償が認められるためには、交通事故と被害結果との間に、以下が必要であると考えられています(相当因果関係説)。

  1. 事実としてその事象がなければ、結果が生じなかったといえること(あれなければこれなしの関係)に加え、
  2. その事象から結果が生じたことが、社会常識的に考えても自然といえること(相当性)

例えば、交通事故時の衝突による衝撃で、骨折の外傷被害を受けた場合、①衝突時の衝撃がなければ骨折することはなく、②大きな衝撃で骨折の被害が生じることは、社会常識的に考えても自然といえますので、法的な因果関係が認められることに問題はないでしょう。

一方、交通事故の被害に遭った際、ある程度のショックやストレスを感じる人は多いかと思われますが、必ずしも通院等を要するレベルの精神的症状が生じるわけではありません。

そもそも精神的症状は、骨折等の明らかな外傷とは異なり、その存在が客観的に明らかなものでもありません。

したがって、交通事故によって生じた精神的症状に関する治療費等の請求は、法的因果関係が争いになる可能性が高いといえます。

法的因果関係の判断基準

交通事故によって生じた精神的症状の法的因果関係の判断基準は、明確に定められているわけではありません。

一般論ですが、①事故の態様、②怪我の程度、③事故から発症までの期間等を総合的に考慮して判断されるものと考えられます。

例えば、酷い態様の大事故で、身体的な怪我も酷く、事故から間もない時期に精神的症状が発生した場合、「その事故で精神的症状が生じるのももっともである」との考えで、因果関係が認められやすいのではないかと思われます。

一方、軽微な事故で、身体的な怪我等もない場合、「精神的症状を発症するほどの事故ではないのではないか?」との考えで、因果関係が否定されやすいように思われます。

また、事故からかなりの期間が経ってから精神的症状を訴えたとしても、「事故とは他の要因で発症したのではないか?」との疑念が生じることから、やはり因果関係が否定されやすいように思われます。

裁判例

①自動車が歩道に乗り上げて歩行者に衝突し、歩行者が骨折等の重傷を負ったケース(東京地判R3.7.14)

被害者が事故から2か月後にクリニックを受診し、急性ストレス障害の診断を受け、カウンセリング等を受けるため通院した点の損害について、裁判所は、事故から約半年間の通院期間に支出した診療費、カウンセリング料を、事故と相当因果関係のある損害と認めました。

②悪天候でバランスを崩した自転車と自動車が接触し、自転車の搭乗者が顔面挫傷等の怪我を負ったケース(東京地判R2.9.8)

自転車の搭乗者が、事故から1年以上経過した後に通院を開始した心療内科の治療費等について、裁判所は、「本件事故の態様や、控訴人の前記受傷程度に照らすと、控訴人のPTSD診査と治療の医療費…については、これを本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない」と判断し、因果関係を否定しました。

③PTSDの後遺障害の有無について、裁判所が判断基準を示したケース(大阪地判R2.11.25)

治療費ではなく、精神的後遺症の有無に関する裁判所の判断が示されたケースですが、「一般に,交通事故等による外傷を経験した者は,同様の出来事に遭遇することを不安に感じ,これを回避しようとする心理を抱くことが通常であると考えられ,臨床診断として診断名を付ける場合はともかく,労働能力の喪失による損害や精神的苦痛に係る慰謝料を発生させるだけのPTSDの後遺障害があるというためには,外傷体験者が通常抱く不安等の心理状態を超えて,病的な精神症状が発現し,かつ,そのような精神症状が発現することが外傷体験の内容等に照らして相当であることのほか,実際に日常生活や社会生活に支障を来していることを要するというべきである。」との見解が示されました。

おわりに

交通事故の被害を受け、精神的症状が生じた場合、心療内科への通院費等が損害賠償として認められるかについては、法的に難しい問題が生じてくるものと思われます。

交通事故による精神的症状にお悩みの方は、是非一度、交通事故に強い弁護士へご相談ください。

   
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