弁護士 大野貴央
全損事故とは?
- 交通事故に遭い、車が物理的に修復不可能な状態まで激しく損傷してしまったようなケース
- 修理は可能であるものの、修理費用が高額になり車の時価額を上回ってしまったため、修理費用の全額が補償されないケース
これらを、全損事故といいます(後者を経済的全損と言います)。
全損事故の場合、被害者は車の修理ができず、車を買い替えることも選択肢として考えなければなりませんが、もう乗れなくなってしまった事故車両は、どのように処分すればよいのでしょうか。
今回は、被害者の方からよく質問を受ける、「全損事故における事故車両の取扱い」について解説したいと思います。
全損事故の場合、事故車両は勝手に処分してしまってはいけない
全損事故の被害者の方からは、
「事故車両を保管してもらっているディーラー(修理工場)に迷惑が掛かっているから、早く処分したい」
「知り合いの工場が、全損の事故車両でも買い取ってくれるそうだから、少しでもお金になるなら売ってしまいたい」
との要望を受けることがあります。
しかし、全損事故の場合、被害者が事故車両を勝手に処分してしまうと、後になって厄介な問題が生じるリスクがあります。
民法422条には
債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する
との定めがあります。
本条によれば、不法行為によってある物が滅失した場合に、不法行為者が所有者に対して物全体の価額を賠償すると、その不法行為者は残存物の所有権を取得するものと考えられています。
つまり、交通事故の加害者が、事故車両の時価額全額を賠償すると、
事故車両の所有権が、被害者から加害者に移転することになるのです。
加害者が被害者に対し、時価額全額を支払って、事故車両を買い取るようなイメージをすると分かりやすいかもしれません。
したがって、全損事故において、加害者の保険会社から、時価額相当額の賠償が支払われると、事故車両の所有権は相手方保険会社に移転することになるため、被害者は勝手に事故車両を処分してはいけないのです。
仮に全損事故の被害者が、相手方保険会社の同意なく事故車両を処分してしまうと、時価額賠償後、相手方保険会社から『事故車両の所有権に基づく引渡し』を求められた場合、事故車両を引き渡すことが出来ません。
そうすると、せっかく賠償について示談がまとまったのに、相手方保険会社との間で新たなトラブルが生じてしまいます。
裁判例
名古屋地判平成17年3月16日は、
被害者が、加害者から事故車両の時価額全額の賠償(代替車購入費用)の支払を受けた後、事故車両を加害者に引き渡さず、第三者に売って処分してしまった
という事案です。
この事案で裁判所は、
- ①賠償の支払によって、事故車両の所有権は加害者に移転し、
被害者は事故車両を加害者に引き渡す義務を負っていた - ②被害者は、事故車両を第三者に売って処分してしまったため、
加害者に引き渡す義務を果たすことが不可能になってしまった - ③そこで被害者は、加害者に対し、事故車両の時価額相当額を支払う(返還する)義務を負う
との判断を示しました。
被害者が事故車両の時価額全額の賠償を受けたにもかかわらず、事故車両を第三者に売って処分し、売却代金を得た場合、被害者は事故車両の時価額以上の利益を得ることになってしまうので、妥当な判断といえます。
おわりに
以上のとおり、全損事故では、加害者の保険会社から事故車両の時価額相当額の賠償額を受けると、所有権が賠償者(保険会社)に移転してしまうため、被害者は勝手に事故車両を処分してはいけないこととなります。
被害者としては、全損事故と判断された段階で、早めに加害者の保険会社に連絡をとり、事故車両の処分について協議をした方が良いと思われます。
仮に保険会社が事故車両を引き取る予定であれば、保険会社から事故車両の保管先に連絡をとってもらい、被害者に代わって、今後の処分等について保管先と調整してもらうことが考えられます。
なお事故車両の価値が低く、売ってもお金にならないような場合だと、保険会社が事故車両を引き取らず、権利を放棄するケースもあるようです。
いずれにせよ、事故車両の取扱いについて保険会社と協議をすることは、被害者にとっては負担になるでしょうから、早めに弁護士に依頼して、保険会社との交渉を任せることも検討された方が良いでしょう。
事故について何かお困りのことがあればぜひ気軽にご相談ください。