弁護士 田村淳
Q | 交通事故により25歳(症状固定時)のAさん(男性)が後遺障害等級3級の後遺障害を負いました。 事故前年の年収は400万円である場合に、後遺障害逸失利益の算出にあたって注意すべき点はあるでしょうか。 |
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事故日 | 令和2年6月1日(民法改正後) |
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年齢・性別 | 25歳男性(症状固定時) |
年収 | 400万円(事故前年) |
後遺障害 | 3級 |
労働能力喪失率 | 100% |
中間利息控除係数 | 23.7014(25歳から67歳までの42年間) |
Q | 以下で述べるように、実収入ではなく平均賃金を用いた算出を検討すべきです。 |
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解説
1 | 後遺障害逸失利益の計算 |
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後遺障害逸失利益は、
基礎収入 × 労働能力喪失率 × 中間利息控除係数
により算出します。
本件の場合、事故前年のAさんの年収をそのまま当てはめますと、後遺障害逸失利益は9,480万5,600円となります。
これは一見すると高額であることから妥当な金額とも思えます。
―計算式―
400万円×100%×23.7014=9,480万5,600円
2 | 若年者の場合の基礎収入 |
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⑴ 平均賃金を用いる場合
しかし、若年者の場合、
一般的に収入額が低く年齢が上がるにつれて年収が上昇することが通常です。
25歳当時の年収を基礎として逸失利益を算出すると、
不公平となる場合が多いと思われます。
このような観点から、「年少者の死亡逸失利益について」においても引用した三庁の共同宣言(平成11年11月22日)において以下のとおり提言されています。
①「比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合」は「基礎収入を全年齢平均賃金又は学歴別平均賃金によることと」
② 平均賃金を採用する場合には、死亡した場合には死亡した年の平均賃金を採用し、後遺障害の場合には症状が固定した年の全年齢平均賃金を採用する
そして、①のように実収入額ではなく平均賃金を用いるか否かにあたっては、以下の点を考慮することと提言されています。
- 事故前の実収入額が全年齢平均賃金よりも低額であること
- 比較的若年であることを原則とし、おおむね30歳未満であること
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- 現在の職業
- 事故前の職歴と稼働状況
- 「実収入額と年齢別平均賃金」
- 又は「学歴別平均賃金との乖離の程度及びその乖離の原因」
などを総合的に考慮して、
将来的に生涯を通じて「全年齢平均賃金」又は「学歴別平均賃金程度の収入」を得られる蓋然性が認められること
裁判例においても、若年者の逸失利益の算出にあたっては、以上の要素を考慮に入れて実収入だけで判断するのではなく平均賃金を採用しているケースが多くあります。
⑵ 本件の場合
本件について、Aさんの実収入を年齢別の平均賃金と比較しますと、令和2年の男性の年齢別平均賃金は「25~29歳」が「428万1,800円」です。
これはAさんの年収400万円とさほど乖離はありません。
そうすると、Aさんは事故当時の年齢別平均賃金相当額の実収入は得ていたことがいえます。
したがって、将来に渡って全年齢の平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があると認められる可能性があります。
そして、令和2年の男性の全年齢平均賃金は「560万9,700円」であることから、これを基礎収入として逸失利益を算出すると1億3,295万7,744円となります。
Aさんの実収入により算出した金額よりも3,800万円以上高く算出されることになります。
―計算式―
560万9,700円×100%×23.7014=1億3,295万7,744円
3 | 裁判例 |
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⑴ 東京地判平成18年8月28日
この裁判例では、症状固定時31歳で後遺障害等級併合12級の被害者の逸失利益について
逸失利益は、
賃金センサス平成16年第1巻第1表による産業計・男性労働者・学歴計・全年齢平均年収額
を基礎として全年齢平均賃金を採用しました。
理由としては、
原告の平成12年の年収は、424万3,310円であることが認められる。
賃金センサス平成12年第1巻第1表による産業計・男性労働者・学歴計・25歳ないし29歳の平均年収額は、411万8000円であり、原告の27歳当時の年収は、これを上回っている。
したがって、原告は、本件事故に遭わなければ、少なくとも賃金センサスによる平均年収額程度の収入を得ていた可能性が高いということができる。
として、実収入と年齢別平均賃金を対比して、
「全年齢の平均賃金を得られる蓋然性がある」と判断しました。
⑵ 横浜地判平成23年10月27日
この裁判例では、症状固定時26歳で後遺障害等級5級の被害者の逸失利益について
被告は、逸失利益の算定に当たり、
「原告の基礎収入を、賃金センサス平成19年中学卒全年齢平均の431万2,400円とすべきである」
と主張する。
しかし、…本件事故の時点における原告の給与額は、年額に換算して401万3,080円である。
このほかに
- アルバイト収入が月に約5万円あったこと
- Aへの入社に当たっては、溶接工としての技量を見込まれていたこと
- 第2子の誕生やマンションの購入等により原告には収入向上の意欲が強かったこと
原告が症状固定時に26歳であること及び上記の事情に鑑みると、本件事故がなければ、原告の収入は、学歴の影響をほとんど受けずに、「賃金センサス平成19年男子労働者学歴計全年齢平均の554万7,200円まで上昇する蓋然性があった」と認められる。
として、学歴計全年齢平均賃金により逸失利益を算出しました。
4 | さいごに |
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逸失利益は、後遺障害を負った被害者の方々の将来の生活費・損害の填補としてとても重要なものです。
後遺障害は原則的には「症状固定時から67歳まで」の逸失利益を算出します。
特に若年者の方は対象期間が長くなり基礎収入額が金額に大きく影響してきます。
重度の後遺障害を負った若年者の方の場合にはより大きく変化してきます。
したがって、若年者の方の逸失利益を算出するにあたっては注意が必要です。