弁護士 大野貴央
1.はじめに
「金の切れ目が縁の切れ目」ということわざがあります。
寂しさを感じてしまう言葉ですが、実際のところ、借金の問題は夫婦関係に深刻な影響を与えてしまうものです。
ある日突然、配偶者から多額の借金の存在を打ち明けられ、もう離婚するしかない!と決意し、離婚届を突き付ける・・・決してドラマだけの話ではないのです。
今回は、配偶者の借金と離婚をテーマに、法律的な観点から解説していきます。
2.配偶者の借金は自分にも降りかかる?
配偶者の借金に対する返済義務の有無
民法では、配偶者の借金に関して、「日常家事債務の連帯責任」(民法761条)の定めを置いています。
これは、夫婦の一方が「日常の家事に関して」物品購入等の法律行為をした場合は、もう一方の配偶者も、購入費の支払等の責任を連帯して負うというものです。
「日常の家事」は、一般的に、食料品・衣料品や子の学習教材の購入費用、光熱費、家賃等がこれにあたると考えられている一方、単なる借金については、裁判例上、金額にかかわらず連帯責任が否定される傾向にあります(横浜地判S57.12.22等)。
以上によれば、配偶者の借金について、民法761条を根拠にあなたが債権者から返済を求められる可能性は殆どありませんが、配偶者が日常家事に関する物品購入等※をした場合、日常家事債務の連帯債務者として、あなたが未払い費用の請求を受ける可能性があります。
※日常家事債務にあたるかは、夫婦の職業、資産状況、地域の慣習等も考慮して解釈されますので、あまりに高額な物品であれば、「日常の家事」に含まれないと判断されることもあります。
返済義務が発生する場合
そうすると、夫婦の借金は、あくまで契約上の借主のみが返済の義務を負うことが基本になります。
したがって、配偶者が自身の名義で借り入れた借金については、離婚する際も、あなたに借金が降りかかる危険はありません。
しかし逆に言えば、配偶者の為にあなた自身の名義で借入れをした場合は、契約上、あなたが債権者へ借金を返済する義務を負わなければなりません。
夫婦とはいえ、配偶者の為に自身が借金をすることには極めて慎重になった方がよいでしょう。
またあなたが配偶者の借金について連帯保証人になった場合は、当然、連帯保証人として返済義務を負わなければなりませんので注意してください。
離婚に伴う財産分与について
配偶者の借金が問題となる場合として、離婚に伴う財産分与が考えられます。
財産分与は、離婚時に夫婦の財産の清算を行うもので、「一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める」とされています(民法768条3項)。
したがって、配偶者に借金がある場合、「一切の事情」の一として、分与額の判断に影響を与えることとなります。
もっとも、財産分与は清算すべき財産があることを前提としているため、夫婦共有財産より債務の額の方が大きい(いわゆるオーバーローン)場合、債務のみを財産分与の対象として、もう一方の配偶者に負担させるような処理※は行われないのが一般的です。
※大阪高決H20.7.9では、オーバーローン状態である配偶者名義の住宅ローン債務の一部に相当する金額の負担を、もう一方の配偶者に命じた原審を取り消し、「清算すべき資産がないのであるから、残存する住宅ローンの一部を財産分与の対象とすることはできないというべきである。」として、債務のみを清算するような財産分与の申立てを否定する判断を示しました。
3.借金は離婚の原因になる?
冒頭に述べたように、借金が原因で夫婦が離婚に至るケースは珍しいものではありません。
もっとも離婚するかが争いになった際、裁判で離婚が認められるためには法律上の離婚原因(民法770条1項)が必要となるところ、配偶者の不貞行為(同1号)、配偶者による悪意の遺棄」(同2号)といった事情が定められている一方、「配偶者の借金」は法律上の離婚原因としては明確に規定されていません。
したがって配偶者の借金は、同5号の定める「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」の一事情として考慮されることになるでしょう。
この場合、借金の額や借入れの経緯及び使途、夫婦の収入等の事情を踏まえ、配偶者の借金が夫婦関係を破綻させてしまう程に悪質なものであったかが判断のポイント※になると思われます。
※参考判例
- 夫が公務員の家庭において、妻が家計を預かりながら、夫に隠れて借金、クレジット購入を繰り返し、夫父の名義まで無断利用してクレジット購入を行い、夫婦の話合いにも関わらず反省の態度がなかったという事案で、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるとして離婚を認めた例(東京地判S39.10.7)
- 妻が競馬に没頭し、その他不要な浪費で借金を重ね、夫から手渡された長女の入学費用を別の使途に費消してしまった等の非違行為を繰り返したという事案で、「婚姻を継続し難い重大な事由」があると判断した、調停に代わる審判例(東京家審S41.4.26)
- 借金以外に夫婦関係の支障となるような事情がなく、借金の原因も結婚資金や親族の大学進学だったという事案で、「婚姻を継続し難い重大な事由」は認められないとした例(仙台地判S60.12.19)
4.おわりに
以前、先輩弁護士の法律相談に同席させていただいた際、先輩が相談者へかけたアドバイスで、次のような言葉が印象に残っています。
「複数の問題があるときは、切り分けて、整理して対応を考える」。
借金と離婚の問題は、切り離せない関係にあるようにも思われますが、複数の問題を一挙に解決することは困難です。
借金と夫婦関係の問題が重なることは、精神的に大きな負担となりますが、ひとつひとつの問題を切り分けて、焦らずに解決を目指していった方が、かえって良い結果につながることもあるのです。
借金、離婚でお悩みの方は、まずは弁護士にご相談ください。
債務整理・離婚の対応経験が豊富な弁護士が、冷静な視点で問題を分析し、最善の解決策をご提案いたします。