岡崎事務所ブログ

遺言無効を主張する場合のポイント

弁護士 田村淳  

1. 事例

被相続人には妻、お子さんが2人いました。
被相続人の死亡後、遺言が発見され、遺言書には「全ての財産を妻に相続させる」という内容の記載がありました。
しかし、遺言書の作成日は被相続人がなくなる数日前で、遺言書の文字は修正箇所もありました。
また、被相続人は生前認知症を発症していたことや病気の治療の中でモルヒネを投与されており、判断能力が疑わしいという事情がありました。

このような場合に、お子さん2人は遺言書が無効であることを主張できるでしょうか。

2. 前提

1. 争点

上記の事例の場合、被相続人の遺言書作成当時の遺言能力の有無が争点となります。

2. 遺言能力とは

遺言能力とは、「遺言事項(遺言内容)を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力」をいいます(東京地判平成16・7・7判タ1185・291)。

3. 判断基準

遺言能力の有無の判断にあたっては、
①遺言時における遺言者の心身の状況
②遺言内容それ自体の複雑性
③遺言内容の不合理性・不自然性等の事情
を総合的に考慮して判断します。

簡単な内容の遺言書の場合には、①遺言者の心身の状況が多少悪かったとしても遺言能力があると判断される可能性があります。

したがって、問題となっている遺言書の作成当時の遺言能力の判断にあたっては、①その当時の心身の状況と②遺言内容の複雑性の相関により判断されます。

4. 立証方法

被相続人の遺言書作成当時の心身の状況を判断する資料としては、

  • 遺言時又はその前後の診断書
  • 担当医の供述
  • 看護記録、入院診療録
  • 遺言当時の同居者等の供述

等が考えられます。

3. 裁判例のご紹介

では、以上を前提として、本件事例に似た裁判例での判断をご紹介しようと思います。
以下では、遺言能力の有無の判断の部分に限ってご紹介します。

裁判例1 東京地判平成16年5月19日

(1)事案の概要

  • H12.10.3以降 被相続人にモルヒネ剤投与開始
  • H12.10.10 被相続人公正証書遺言作成
  • H12.10.11 被相続人死亡
  • H12.10.12 被相続人の主治医が被相続人にはモルヒネを使用しており、常識的な判断能力があったとは言い難いという内容の診断書を作成

(2)裁判所の判断

  • 「まず、亡Aが相当錯乱したのは、モルヒネの継続的投与によって幻覚症状が出現したことによるものである。…このような直近の亡Aの状態からすれば、亡Aには通常の判断能力がなかったと考える余地がある。」
  • しかし、…遺言内容を決定したその時に限定するならば、亡Aが幻覚症状に陥っていたり、錯乱していたことをうかがわせる言動は見あたらない。むしろ、…問いかけの内容を正確に理解した上で、躊躇を示しながらも、明確な回答を返していることからすると、亡Aは、遺言の意味内容を認識して、これを判断する能力を欠いていなかったということができる。」
  • 主治医が、…亡Aに判断能力がないと述べたのは、遺言を行う直前の検査の段階であり、その時点で亡Aには判断能力がないと判断したにとどまるものである。」
  • 「仮に遺言をするそもそもの動機が亡Aの自発的な意思によるものでなかったとしても、結果的に亡Aの意思に基づいて遺言がされ、かつその時に亡Aに遺言能力があるのであれば、遺言が無効となるものではない。」

等と認定して被相続人に遺言能力があると判断されました。

裁判例2 東京地判平成27年12月25日

(1)事案の概要

  • H24.10.31 被相続人にモルヒネ剤投与開始
  • H24.12.11 公正証書遺言作成
  • H25.1 被相続人死亡

(2)裁判所の判断

  • 亡Aの主治医であった医師は、モルヒネ剤等の投薬により記憶力や判断能力への影響を来す可能性はあるが、常に影響があるとは限らず、影響の有無や程度もその日の状況や時間帯等によって変動すると考えられるので、亡Aの主治医の立場で、自らの記憶と診療経過記録の記載から、本件遺言当時における亡Aの判断能力の状態を正確に判定することは困難である旨を証言している。」
  • 「平成二四年一一月中旬頃から同年一二月一一日までの看護師らの診療経過記録中には、亡Aのつじつまの合わない言動等…がある一方で、①それらの大半は、被告Y2らが母娘の会話中の亡Aの精神的に不安定な言動を看護師に伝えたものや寝起き直後の半睡または不安定な状態で述べられたものとみられる上、②同日(本件遺言の当日)の担当看護師の記録として、それまでの亡Aの入院中の状態につき、一度紙に意味不明なことを書いて伝えようとしたこと以外は、「しっかり書き表わせる」、「発言もしっかりされている」との記載もあること…等に照らすと、本件遺言がされた同月一一日及びその前の数日の当時、亡Aは、日々の状況や時間帯及び事柄の内容等によって、心身の状態が安定していて一定の事柄につき自らの考えや意思を示し得る判断能力を有していることが言動や態度等から看取される状態にある時と、心身の状態が不安定でそのような判断能力の一定程度の低下をうかがわせる言動がみられる時とが混在する状態にあったものとみるのが相当である。」
  • 「長年にわたり本件各社を夫とともに経営してきた亡Aにとって、本件各社の事業と自らの財産を三人の子にどのように承継させるかは当時の最大の関心事といえる事柄であり、前遺言から本件遺言への遺言内容の変更は、…単純な内容のものであった。」
  • 「①平成二十四年一一月中旬頃及び同月三〇日の時点で、…被告Y1が亡Aの容態の安定している時に亡Aから上記変更の意思を伝えられて確認し、②同年一二月一一日の時点で、P2公証人が、…上記のような遺言内容の単純さに加え、亡Aの受け答えの態度、表情及び言葉、遺言内容の申述及び読み聞かせの各確認の全過程における亡Aの態度、聞き取った言葉等を総合し、本件遺言について亡Aに遺言能力があると判断し、現に上記の遺言内容の申述を通訳人の通訳による補助を得て確認していることに照らすと、本件遺言は、亡Aの心身の状態が安定していて一定の事柄につき自らの考えや意思を示し得る判断能力を有していることが言動や態度等から看取される状態にある時にそれを示し得る事柄について行われたものと認めるのが相当であり、この判断を覆すに足りる事情を認めるに足りる的確な証拠はない。」

等と認定して被相続人に遺言能力があると判断されました。

4. まとめ

裁判例を概観しますと、遺言能力の有無の認定にあたっては、遺言内容の複雑性と遺言書作成当時の被相続人の心身の状況を相関的にみて作成当時の被相続人の心身の状況を詳細に認定して判断していることが分かります。
漠然と、遺言書作成時期に遺言者の認知能力が低下していたと主張するだけでは、作成当時に遺言能力がなかったと認定することは難しいです。

したがって、遺言書作成当時の遺言能力の無効を主張するためには、看護記録や介護記録、主治医の意見や関係者の供述等様々な事情を精査して主張立証しなければなりません。
遺言書の内容に疑義が生じた場合には、速やかに資料を取得して分析し、関係者等からも話をきいた上で準備することが必要であると思われます。

第1で掲げた事例については、遺言書の内容が「全ての財産を妻に相続させる」という簡単な内容であることから、作成当時の被相続人の遺言能力がなかったと判断されるためには、被相続人の判断能力の低下を詳細に主張立証する必要があり、認知症の進行やモルヒネ剤が遺言書作成当時の判断能力に及ぼす影響をいかに具体的に立証できるかがポイントとなると思われます。

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