弁護士 田村淳
Q | 鎖骨の変形障害により後遺障害等級12級が認定されましたが、相手方保険会社が逸失利益を認めてくれません。どのように対応したら良いでしょうか。 |
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A | 鎖骨骨折による変形障害の場合、「疼痛等の神経症状や肩関節の機能制限等の事情」も主張し「仕事への影響」を具体的に主張することが必要となります |
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解説
1. 鎖骨を骨折した場合の後遺障害
自転車乗車中の交通事故や歩行中の交通事故の場合、シート等による保護がないことから鎖骨部位を骨折することが多く見られます。
鎖骨部位を骨折した場合の後遺障害としては、変形障害、機能障害、神経障害が認定される可能性があります。
(1)変形障害
後遺障害等級認定上、「裸体になったときに明らかにわかる程度の鎖骨の著しい変形」が生じた場合には、後遺障害等級12級5号が認定されます。
「鎖骨の著しい変形」の有無は、裸体になったときに変形や欠損が明らかに分かる程度のものか否かにより判断され、レントゲン写真によってしか変形が分からない程度のものは著しい変形には該当しないものと判断されます。
(2)機能障害
また、鎖骨骨折により肩関節がうまく動かすことが難しくなり可動域制限が生じることがあります。
これにより「著しい障害」(可動域が怪我をしていない側と比べて2分の1以下に制限されている状態)を残す場合には後遺障害等級10級、
「障害」(可動域が怪我をしていない側と比べて4分の3以下に制限されている状態)を残す場合には後遺障害等級12級が認定されます。
(3)神経障害
疼痛が強く残る場合には、神経障害が認定される可能性があります。す。
「局部に頑固な神経症状を残す」場合(自覚症状に合致する他覚的所見があり医学的に証明できる)には後遺障害12級13号、
「局部に神経症状を残す」場合(他覚的所見はないが自覚症状が医学的に説明できる)には後遺障害14級9号が認定されます。
2. 鎖骨の変形障害と後遺障害逸失利益
(1)鎖骨の変形障害の場合に問題となる点
後遺障害を負った場合、通常はそれにより労働能力が喪失されると考えられるため、事故がなければ得られたであろう利益を逸失利益として請求することが考えられます。
しかしながら、変形障害は、外見上「著しい変形」が生じただけであり直ちに日常生活や仕事への影響が生じるとは言い難い面があります。
そのため、鎖骨の変形障害のみ生じた場合には、日常生活や仕事への支障がなく事故前後において労働能力に差がないことから、逸失利益が認められないのではないかという問題点が生じます。
そして、実際に裁判例上も変形障害のみの場合には労働能力に支障がないものとして後遺障害逸失利益を認めないと判断する例もあり、相手方保険会社は変形障害の場合に逸失利益を争ってくることが多いと思われます。
(2)変形障害による逸失利益を主張するポイント
鎖骨骨折による変形障害の場合、①変形障害のみ認定されているケースの他に、②変形障害に加えて機能障害(神経障害)が認定されているケースがあります。
ア | ①変形障害のみ |
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変形障害のみの場合には、労働能力には影響がないものとして逸失利益が認められない可能性があります。
もっとも、慰謝料の増額事由として考慮される余地はあります。
大阪地判令和元年11月1日の裁判例では、鎖骨骨折の変形障害について12級5号を認定しましたが、
「鎖骨変形の後遺障害は、それ自体が労働能力を喪失させる性質のものとはいえず、その醜状等をもって、後遺障害慰謝料の増額事由とするべきである。また、その余の神経症状等の後遺障害も、天候等による疼痛等であって、これによる労働能力の喪失は認められない。」
として鎖骨変形による後遺障害逸失利益を否定しました。
イ | ②変形障害に加えて機能障害(神経障害)が残存しているケース |
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変形障害に加えて機能障害(神経障害)が残存しているケースでは、鎖骨骨折による労働能力の喪失が考えられることから、後遺障害逸失利益が認定される可能性があります。
❶ 大阪地判平成31年2月26日―肯定例
鎖骨の変形障害について12級5号の後遺障害を負った事例につき、
「傷害の後、変形癒合しており、第12級5号の後遺障害が残存しているものと認められる。原告は、右肩周囲の痛み、重だるさ、ツッパリ、右上肢の腫れ・しびれを自覚しているが、これらは、上記後遺障害に含まれる」
とした上で、後遺障害逸失利益について
「原告の後遺障害は、単なる鎖骨変形のみならず、神経症状を伴ったものであるから、第12級の通常の喪失率を認めるのが相当である」
として後遺障害逸失利益を認定しました。
❷ 大阪地判平成18年2月17日―肯定例
右鎖骨変形障害について12級5号、右肩関節の可動域制限について12級6号、併合11級の後遺障害を負った事例につき、
「右肩関節の外転に関しては2分の1以下に可動域制限が生じていることに加え、…原告の仕事は積載車の運転手であるところ、右肩の痛みにより車両の積載に時間がかかるようになるなど作業効率が落ちてしまったこと、二輪車の運搬ができなくなったこと、長時間労働も困難になり、歩合制の給与は20%以上減額となったことが認められ、これらの事実に照らせば、労働能力喪失率は20%と認めるのが相当」
として後遺障害11級相当の労働能力喪失率を前提に逸失利益を認め増した。
また、被告からの鎖骨変形障害は労働能力に影響を与えないから労働能力喪失率は14%にとどまるとの反論に対しては、
「鎖骨の変形が原告の労働能力の喪失に影響を与えているかは前記認定を左右するものではなく」
として被告の主張を退けました。
❸ 東京地判平成30年4月11日―否定例
右鎖骨変形障害について12級5号、右脛骨骨折部の痛みについて14級9号、併合して12級に該当するとした上で、逸失利益については、
「原告の業務内容等からすると右鎖骨の変形障害が原告の業務に直接的な影響を与えることは考えがたい」
として後遺障害等級14級相当の労働能力5%の喪失のみ認める判断を出しています。
これは、実質的に労働能力に影響のない鎖骨変形障害については逸失利益で考慮せず、14級9号相当として労働能力喪失を考慮したものと思われます。
❹ 神戸地判平成25年9月5日―否定例
左鎖骨変形障害について12級5号の後遺障害を負った事例(自賠責の認定において左肩痛については派生的に生じるものと判断された)につき、
「原告の後遺障害の内容及び程度、特に自賠責保険における等級認定を受けた後遺障害が左鎖骨の変形障害に留まり、派生的に生じるものである左肩の痛みについては、経年により緩和する可能性が高いと考えられること、左肩の関節可動域制限は軽度のもので、症状経過にも鑑み、労働能力に影響を与えるものとは考えがたい」
等として原告の労働能力喪失率を10%として通常の後遺障害12級よりも低い労働能力喪失率を前提として逸失利益を認定しました。
ウ | 鎖骨変形の後遺障害の主張について |
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上記裁判例で鎖骨変形障害の逸失利益で判断が分かれた理由は、
- 変形障害のみか
- 派生的な障害の有無
- それ自体後遺障害等級が認定される程の神経症状や可動域制限があるか
- 被害者の仕事への具体的な影響の如何等の違い
により判断が分かれているものと思われます。
このように、鎖骨の変形障害は逸失利益で問題が生じることから、相手方保険会社が労働能力への影響を否定してくることが多いかと思われます。
事故後に強い疼痛が生じているにもかかわらず、後遺障害診断書等の書類に疼痛についての記載がなく、単なる変形障害のみであるとして逸失利益が否定される事例もあります。
鎖骨変形に伴う支障の有無・程度により鎖骨変形による逸失利益が認められるか否かに違いが生じる可能性があることから、機能制限や神経症状があれば必ず医師に伝えて診断書上記載してもらい、必要な検査をきちんと受けて証拠に残しておく必要があると思われます。
本件の事例でも、単なる変形障害以外の機能制限や神経症状があれば、そのような事情もしっかりと主張し、変形障害により労働能力に支障が生じていることを主張していくべきであると思われます。
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