弁護士 大野貴央
1. 自転車のヘルメットが努力義務に
愛知県では、令和3年4月1日より
「自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が施行されました。
本年10月1日より、自転車のヘルメット着用が努力義務化されることとなりました。
具体的には、同条例第11条では、
自転車利用者はヘルメットを着用するよう努めなければならない(同1項)とされ、保護者は、お子様にヘルメットを着用させるよう努めなければならない(同2項)とされ、事業者は、従業員にヘルメットを着用させるよう努めなければならない(同3項)
とされています。
本稿では、条例による自転車のヘルメット着用の努力義務化が、交通事故実務にどのような影響を及ぼすかを解説していきます。
2. 道交法上の定め
道路交通法上、自転車は「軽車両」と扱われます(法2条11号)。
交通方法についても種々の規制が置かれています(法63条の3以下)。
その中で、
13歳未満の児童については、保護者は児童にヘルメットを着用させるよう努めなければならない(法63条の11)
とされています。
今回の条例制定以前にも、13歳未満の児童の保護者については、児童にヘルメットを着用させる努力義務があったといえます。
3. ヘルメットをしなくても罰則はない
上記のとおり、自転車のヘルメット着用はあくまで努力義務です。
これに違反してヘルメットを着用せずに運転したとしても、罰則を受ける等のペナルティはありません。
もっとも、ヘルメットは、事故に遭った際、運転手の頭部を守り損害を最小限に抑えるため重要な装具といえることから、自転車の運転手がヘルメットを着用せずに事故に遭い、頭部等に重大な損害を受けたような場合、自転車側の過失として、過失相殺の対象になるかが問題となります。
4. ヘルメットを着用せず、事故にあったら…?
⑴ 原付バイクの事例(東京地判平成16年5月10日)
原付バイクに二人乗りをしていた被害者が、ヘルメット不着用で頭蓋骨骨折、外傷性くも膜下出血を受傷した事例において、裁判所は、
ヘルメットを着用していれば、これら(頭部)の傷害の程度が軽く済んだ可能性があるから、ヘルメットの不着用も損害の拡大に寄与していると見ることができる。
として、被害者に一定の過失割合を認めました。
⑵ バイクの事例(広島地裁平成17年9月20日)
バイクの運転手が、顎ひもが付いていないヘルメットを着用し、
外傷性くも膜下出血、脳挫傷等を受傷した事例において、裁判所は、
顎ひもの付いたヘルメットを着用することは法律上要求されておらず、これのついていないものを着用して二輪車を運転することが直ちに違法となるわけではないが、一般に二輪車用ヘルメットには顎ひもが装着されており、これをかけることが通常であること、顎ひものないヘルメットを着用する(ないしは装着されている顎ひもをかけない)ことが、万一の事故の際ヘルメットとしての効用を大きく減殺し、ヘルメットの着用を義務づけた法の趣旨を没却する結果となることは常識であること
等の理由から、
(被害者が)本件事故当時顎ひものないヘルメットを着用していた事実は、本件事故における損害の結果発生の原因力を与えたものとして、衡平の観点から過失相殺の根拠となる」
として、被害者に一定の過失割合を認めました。
⑶ 自転車の事例①(神戸地判平成31年3月27日)
事故当時12歳の児童がヘルメット不着用で自転車を運転して事故に遭い、脳挫傷等を受傷した事例において、裁判所は、
(道交法63条の11は)児童・幼児の保護責任者に対し、努力義務として、当該児童・幼児のヘルメットの着用を定めているにすぎないし、本件事故当時、児童・幼児の自転車乗車時のヘルメット着用が一般化していたとも認められないから、ヘルメットを着用していなかったことを(被害児童に)不利に斟酌すべき過失と評価するのは相当でない
とし、ヘルメット不着用を自転車側の過失として評価しませんでした。
⑷ 自転車の事例②(大阪地判令和元年10月31日)
事故当時8歳の児童がヘルメット不着用で自転車を運転して事故に遭い、急性硬膜外血種、頭蓋骨骨折等を受傷した事例において、裁判所は、
(被害児童は)本件事故当時ヘルメットを装着していなかったと認められるが、児童のヘルメット装着が定着しているとはいえない情勢に照らすと、この事情は過失割合の認定においては影響を及ぼさない
とし、ヘルメット不着用を自転車側の過失として評価しませんでした。
⑸ 自転車のヘルメット不着用は、ゆくゆくは過失になっていくかもしれません
⑴⑵の裁判例を踏まえますと、ヘルメットの不着用が頭部外傷等の損害の拡大に寄与することは、バイクも自転車も同様であることから、ヘルメットの不着用は、自転車側の過失を基礎づける事情になるようにも思われます。
ところが、自転車の事例である⑶⑷の裁判例は、自転車のヘルメット着用が社会的に定着していないことを理由に、ヘルメット不着用による自転車側の過失を否定しました。
原付やバイクは、努力義務にすぎない自転車と異なり、道交法でヘルメット着用が義務づけられています(法71条の4第1項、第2項、)。
しかし裁判所は、法的な義務付けの程度だけでなく、ヘルメット着用が社会的に定着しているかを判断要素としているように思われます。
そうすると、今後、自転車のヘルメット着用が社会的に定着していった場合、裁判所がヘルメット未着用の事実を自転車側の過失として判断する可能性は十分にあると思われます。
5. 従業員にヘルメットを着用させず、社用の自転車を利用させた場合
条例11条3項についても、努力義務であることから、従業員が社用の自転車を利用する場合に、事業者がヘルメット着用を指示しなかったからといって、ただちに違法と評価されるわけではありません。
もっとも、事業者は従業員に対し、安全配慮義務を負っています(労契法5条)。
仮に事業者が自転車のヘルメット着用の重要性を認識していながら従業員に着用を指示せず、不着用を黙認して自転車を運転させており、従業員が事故に遭い、ヘルメットの不着用が原因で頭部に大怪我を負った場合、事業者が安全配慮義務を理由に責任追及を受けるリスクがあるかもしれません。
6. 違法ではないですが、なるべく着用をおすすめします。
本稿で解説したように、自転車のヘルメット不着用はただちに違法となるわけではありませんし、裁判例上も、自転車側の過失として考慮される可能性が少ないのが現状といえるでしょう。
もっとも、多くの裁判において、自転車のヘルメット不着用の事実が過失相殺事由として主張され、争いになっているからこそ、裁判所が判断を示していることは見逃せません。
また、今後の社会情勢によっては、裁判所がヘルメット不着用を自転車側の過失として評価していく可能性があり、今回愛知県で制定されたヘルメット着用努力義務の条例は、そのような判断を後押しする事情になるかもしれません。
何より、ヘルメットの着用は、万一の事故の際の命を守る重要な道具ですから、自転車を運転される皆様には、ぜひヘルメットを着用してほしいと思います。