岡崎事務所ブログ

配偶者の精神疾患と離婚

はじめに

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厚生労働省のデータによると、2017年時点での国内の精神疾患の患者数は、約419.3万人であり、10年前と比べて約100万人増加しています。

ひとくちに精神疾患といっても、高齢者の多くが抱える「認知症」や、若年層の患者も多い「気分障害」など、様々な症例がありますが、現代社会において、精神疾患はごく身近な病気であるといえるでしょう。

今回は、配偶者が精神疾患に罹患してしまい、夫婦関係の維持が困難になった場合の離婚について解説します。

精神疾患と法律上の離婚原因

民法770条1項4号では、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」を法律上の離婚原因として定めています。

ある精神疾患が離婚原因としての「強度の精神病」に該当するかは、裁判例上、夫婦としての協力義務を果たすことができない程度の強度の病態といえるかどうかかによって判断されると考えられています(名古屋高判R2.10.2等)。

したがって、「強度の精神病」に該当するかどうかは、診断された病名のみで決まるものではなく、具体的な病状等によって裁判所が判断することになります。

また「回復の見込みがない」かどうかは、医学的判断が前提にはなるものの、最終的には法律的判断として、裁判所が自由な心証で判断するものと考えられています。

「強度の精神病」にあたらない精神疾患の場合

それでは、「強度の精神病」にあたらない精神疾患の場合、法律上の離婚原因は認められないのでしょうか。

民法770条1項5号では、「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」を離婚原因として定めており、配偶者の精神疾患によって夫婦関係が破綻し、関係回復の見込みがないと判断される場合には、上記5号の離婚事由により離婚が認められる可能性があります。

過去の裁判例では、以下のようなものが挙げられます。

東京高判S57.8.31
妻が精神分裂病(統合失調症)に罹患したケースで、4号の「強度の精神病」には該当しないものの、妻の粗暴な言動で夫婦関係が破綻していると認定し、5号の離婚事由により離婚請求を認容したもの
長野地判H2.9.17
妻がアルツハイマー型認知症に罹患したケースで、病気の性質等から4号の「強度の精神病」に該当するかは疑問が残るため認容し難いが、5号の離婚事由により離婚請求を認容したもの

具体的方途論

精神疾患が離婚原因になる可能性があることは前項で紹介したとおりですが、精神疾患は病気であって、患者本人に落ち度があるわけではありません。

そうすると、精神疾患に罹患したために、配偶者から一方的に離婚され、病気を抱えた患者が、今後の生活もままならないという状況に陥ることは酷であるように思われます。

そのため、最高裁は、次のように述べ、精神病離婚において配慮すべき考え方、いわゆる「具体的方途論」を示しました。

「民法770条は、あらたに「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないとき」を裁判上離婚請求の一事由としたけれども、同条2項は、右の事由があるときでも裁判所は一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは離婚の請求を棄却することができる旨を規定しているのであって、民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の訴訟を理由ありと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途にその方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである」

民法770条2項では、同条1項の定める法律上の離婚原因がある場合であっても、裁判所は「一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる」と定めています。

最高裁は、同規定を根拠に、精神疾患に罹患した配偶者が、離婚によって酷な状況に置かれることの無いよう、今後の生活について具体的な支援策等を講じておく必要があると示したのです。

なお上記最高裁判例は、4号の「強度の精神病」を理由とした離婚請求のケースですが、下級審裁判例では、精神疾患を5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」として構成するケースにおいても、次のように述べ、具体的方途論の考え方が考慮される旨示したものがあります。

東京地判H15.12.26
「本件は、「婚姻を継続し難い事由」を理由とする離婚請求であって、「不治の精神病」を理由とする離婚請求ではなく、また、被告の精神病も不治の精神病とはいえないことは前記認定のとおりであるけれども、本件のように、精神病を一つの理由として離婚請求された場合にも、不治の精神病を理由とする離婚請求に関する上記考慮を及ぼすのが相当な場合があり、婚姻関係が破綻している場合であっても、精神病の程度、子の有無及び年齢、離婚に至った場合に想定される子の監護者、病者及び子の生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じたか否か、その方途の見込み等を考慮し、婚姻関係を解消することが相当でない場合には、離婚請求は許されないものと解すべきである。

また、5号による離婚請求の事案で、具体的方途論には触れないものの、離婚を認めることが配偶者を酷な状況に追いやるとして、信義則違反(民法1条2項)を理由に離婚請求を認めなかったケースがあります(名古屋家判R1.6.25。ただし控訴審である名古屋高判R2.10.2では、離婚を認容する逆転判決が出されました)。

おわりに

配偶者の精神疾患を理由とする離婚請求は、本稿で紹介したように、非常に難しい法律問題が生じます。

同様のケースでお悩みの方は、まずは離婚問題に強い弁護士へご相談ください。

   
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