弁護士 大野貴央
婚前契約、ご存知ですか?
皆さん「婚前契約」という言葉はご存じでしょうか。
婚前契約とはその言葉通り、夫婦になろうとする男女が婚姻前に、
- 結婚生活における様々な取り決め
- 万一離婚に至った場合の財産関係の処分
について、双方の合意に基づく「契約」という形で取り決めを行うものです。
婚前契約は欧米が発祥とされており、現在日本では殆ど普及していませんが、近年「婚前契約書」の作成請負を謳う専門家が登場する等、徐々に社会的認知が進んできているようです。
本稿では、「婚前契約」でどのようなことを決めることができるのか、またそれは、法的に有効なものといえるのかを解説していきます。
日本の民法に書いてあるの?
日本の法律(民法)には、いわゆる「婚前契約」そのものを定める規定はありませんが、「夫婦財産契約」についての規定があります(民法756条)。
民法756条では、
夫婦が「法定財産制と異なる契約」をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない
と定められています。
ここでいう「法定財産制」とは、民法760条~762条の定める、
・婚姻費用の分担
・日常家事の連帯債務
・夫婦共有財産
の規定を指します。
これらと異なる内容の合意をするときには、
その効力を第三者に主張するために、婚姻前の登記が必要
その効力を第三者に主張するために、婚姻前の登記が必要だとされているわけです。
それでは、法定財産制と関わりのない内容、例えば「万一離婚することになったら、慰謝料●●円を支払う」との内容の婚前契約を結ぶことはできるのでしょうか。
法律に明文の規定はありませんが、日本においては、双方の合意があれば自由に契約を結ぶことができる、いわゆる契約自由の原則があります。
したがって、上記の例でいう「万一離婚することになったら、慰謝料●●円を支払う」との内容の婚前契約を結ぶことは可能だといえます。
どんな内容でも有効というわけではない
そうすると、「万一離婚することになったら、慰謝料1億円を支払う」
との内容の婚前契約を結んでおいて、固く将来を誓い合う(?)こともできそうですが、契約自由の原則にも例外があります。
民法90条では、公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする、いわゆる公序良俗違反の定めがあります。
簡単にいえば、社会常識に著しく反するような契約は、双方の合意があったとしても、法律上無効と解されています。
例に挙げたような「万一離婚することになったら、慰謝料●●円を支払う」という合意は、法律上、損害賠償額の予定と推定されます(民法420条)。
しかし、過去の裁判例では、
損害賠償額の予定は、「法律上保護される利益の賠償の性格を有する限り」で合理性を有し、「著しく合理性を欠く部分」は公序良俗に反して無効になる
と判断されています(東京地判平成25年12月4日)。
したがって、仮に「万一離婚することになったら、慰謝料1億円を支払う」との内容の婚前契約を結んだとしても、1億円という金額は、離婚慰謝料の相場を踏まえると高額すぎるため、無効と判断される可能性が高いでしょう。
また、そもそも慰謝料は、配偶者の不法行為(不貞など)がなければ法律上請求できないものです。
離婚に至った場合に理由を問わず慰謝料を支払う旨の合意は、合理性が認められず、無効となる可能性が高いと思われます。
実際にあった裁判例
なお、婚前契約に関する数少ない裁判例として、東京地判平成15年9月26日があります。
このケースでは、
・夫婦いずれか一方の申し出により自由に離婚できること
・結婚から5年以上10年未満の場合に離婚する時は、財産分与として1億円を支払うこと(!)
等が婚姻前に合意されていました。
しかし裁判所は、
離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから、公序良俗に反し、無効と解すべきである、
と判断しました。
これは金額の大きさというより、
■双方の合意の下で形成すべき身分関係(結婚や離婚)
について、
■どちらか一方の意思のみで決めることができる点
が公序良俗違反であると捉えているものと思われます。
上記裁判例の考え方からすると、
「いつでも夫婦一方の申し出によって、自由に離婚できる」
等の婚前契約も、無効と判断される可能性が高いでしょう。
まずは専門家に相談しましょう
日本ではまだまだ普及しているとはいえない「婚前契約」ですが、安心な結婚生活の実現のため、婚前契約を結ぼうとするカップルが増えていくかもしれません。
本稿で紹介したように、婚前契約は様々な事柄を自由に決めることができる一方、法的な有効性が問題になるケースも少なくありません。
婚前契約を交わすのであれば、少なくとも一度は、専門家である弁護士にご相談いただいた方がよいでしょう。